イーギー編3 Luky crook
"虎斑海賊団"の船長、レジナルドは休息の為に4人の船員を引き連れてこの酒場にやってきた。
しかし、其処に突如として現れた謎のトビネの男。
一瞬、道楽を求めてきた下級貴族に見えた。が、潮の匂いと、聞き慣れない言葉遣い、傷を隠した眼帯、何より異様な右腕の存在から同類だと判断した。
一体何の用かと尋ねてみれば"ギャンブル"目的だという。しかも、賭け金として見せびらかしてきたのは金貨の山。
海賊が海賊相手に賭けを申し出てくるのは珍しくない。しかし、どうにも怪しい。
金貨に目が眩んだわけではなかった。ただ、ほろ酔い気分だった事もあってか、レジナルドは興味本位にその"遊び"に付き合うことにした。
"珍しい物"を所望する相手に丁度いい品も、偶然にも持ち合わせていた。
「ゲーム内容はこっちで決めさせてもらったき、親はそっちで良いよ」
「それは構わないが、オメェはその腕でトランプを持てんのか? 見たところ実用性はなさそうだ」
「お心遣い誠に恐縮じゃ。確かに、これじゃあ山から札が取れんから、持ち札はテーブルに伏せてやらせてもらっても構んか?」
「ああ、いいぜ。だが、ボディチェックはさせてもらうぞ」
今まで首を縦に振ってきたが、疑いの目を向けてレジナルドは男を指指さした。
ゲーム内容は相手の指定したポーカー。
トランプからジョーカーを抜いた52枚のカードを使用し、強い役を作った者の勝ち。ギャンブルの代名詞ともいえるゲームだ。
だからこそ、イカサマ師も多い。
寄越されたトランプは極々一般的に普及している柄のトランプ。つまり、同じカードを何枚でも用意することが可能で、イカサマ用に隠し持っている可能性が高い。
最初からイカサマで挑むつもりなら――ボロ箱相手に金貨をチラつかせる自信があるのも分かる。
「何じゃ、見た目以上に疑り深い奴じゃの」
意図をくみ取ったトビネの男は席から立ち上がり、羽織っていたマントと肩にひっかけてあっただけの上着を脱いだ。
腰まである薔薇色の髪もド派手だったが、金色の義手が外に曝されるとクルー達も目を奪われる。
袖には通せないらしく、シャツの右袖は取り払わて巻くってあった。
至る所に細かい傷がついてしまっているが、鎧の様な細い義手は全てが黄金色。本物の金ではないというなら纏金なのだろう。
手にはまるで"怪物"の鎌のような指が三本――剥き出しの凶器。円卓を割るくらい簡単そうだ。
しかし、クルーが義手を舐めるように確認しても、今までピクリとも動かず下に下がったまま。実用性がなく、飾り物なのかどうかは分からなかった。
流石に人目を気にするのだろう。チェックが終わると赤い上着だけ肩に羽織りなおした。
確認した結果を、一人のクルーがレジナルドに伝えに来る。
「すり替え用のカードは見つかりませんでした。義手が一番怪しいと思ったんですがね……少しでも動かそうものなら分かるかと」
「そうか……待たせたな、いいだろう。"お遊び"を始めるか」
クルー達が念入りに調べているのは見て分かった。一先ず良しとしようと、レジナルドはクルーを下がらせた。
そして椅子に浅く腰掛け直し、大柄な一人のクルーにトランプを渡す。
「そういえば、オメェさんの名前聞いてなかったな。何者だ?」
ディーラーがトランプをきっている間に尋ねる。
「イーギーという。人に名を尋ねる時は自分からとはよく言ったものじゃのぅ、レジナルド」
「……俺はそんなに有名人にか?」
「おお、当たったか。もし"レジー"が愛称なら名はレジナルドかと思ってな」
配られた5枚のカードを見つつ、イーギーと名乗った男が笑みを浮かべて真っ直ぐ此方を見てくる。
この野郎、変人だが勘が鋭い。
名前を言い当てられ図星の反応を示してしまった事に、レジナルドは表情を崩さないよう口の中で歯を軋らせた。
このままでは相手を調子づかせてしまう。しかし、レジナルドからも笑みは消えなかった。何故ならこのゲームは既に自分達の手中にあるからだ。
(此方がイカサマをしないと誰が言った?)
レジナルドがトランプを渡した部下。
彼は数多の賭け事で腕を磨いてきた、正真正銘のイカサマ師である。
彼にかかれば特定の人物に"奇跡の役"を配ることも、ブタにすることも容易。カジノに赴く時は必ず連れて行くのだが、今日も連れてきていて正解だったようだ。
円卓に伏せられたカードを捲りながら首を傾げるイーギーを見、鼻で笑う。
レジナルドの役は既に出来上がっていた。
イカサマだとすぐに疑われないよう、役の強さは守りに入っている気がする。が、まあ妥当だろう。
勿論相手には自分の持つ役より弱いカードが配られているはず。
その証拠に、背後に回ってカードを盗み見ようとする部下を追い払いながら、イーギーはカードの殆どを捨てて山札に手を伸ばしていた。
懐が温かくなったからと言って調子に乗り過ぎたな。
馬鹿な相手を嘲笑うのを押さえて、レジナルドはビールを一息で飲み干す。
「さぁ、勝負だ」
新たなカードを見たうえでも、汗を滲ませているように見えるイーギー。それを見てレジナルドは勝利を確信し、カードを表向きに返した。
「フォーカード」
レジナルドが持つカードは♠の8、♥の8、♣の8、♦の8、♠のK。
5枚のカードの中に同じ数字が4つ。この役が生まれる確率は約4100分の1。確率が物凄く低い訳ではないが、ほぼ負けなしと言っていい。
一方のイーギーは、眉を下げて苦笑していた。
「いやぁ、マジで出るとは思わんかった……」
「は?」
イーギーから出た言葉は予想していたのと外れていた。
顔にかかった長い前髪をかき上げ、ライトブルーの片目を一度此方へ向ける。その表情は悔し紛れの苦笑ではなく、確かな自信から生まれる笑みだった。
何故そんな顔が出来る。お前のカードは何の役にも立たないブタカード。それで一体何ができるという。
そして、イーギーが伏せた5枚のカードに指をかけた。
一枚、また一枚。焦らすように捲られていくカードの絵柄に、表情は歪まざるをえなかった。
最後のカードが捲れられて、目の前に並んだカードは――♥の10、♥のJ、♥のQ、♥のK、♥のA。
騒がしい酒場の喧騒の中、海賊たちが座る空間だけ空気が静まった。
「ロイヤル・ストレート・フラッシュ……」
声を漏らしたのはレジナルドのクルーの一人。
「あり得ねぇ!!」
レジナルドは椅子が倒れる勢いで立ち上がり、円卓を叩いた。
その衝撃でワイングラスが落下し割れる。
「いやぁ、ワシもたまげたがあり得ん事はないじゃろ。確率は0じゃないんやき」
「……ッ!」
確かに、ポーカーの中で最も強いとされるロイヤル・ストレート・フラッシュが出る確率は650000分の1だがある。偶然とはいえ、出せたとしたらとんでもない幸運だ。
しかし、指摘する問題はそこではない。
牙を剥き出しにしディーラーをした部下を睨み付けると、「俺じゃないです!知りません!」と、もげそうになる程首を振って両手を上げた。
そうだ、相手は初対面で見ず知らずの男。勝てば金貨が手に入るのに、部下がわざわざ裏切ってイーギーを勝たせる訳が無い。
ならば答えは一つ。
(イカサマだ!!)
「何だ何だお前等、喧嘩か? 揉め事か?」
「おおっ! こりゃすげぇ、ロイヤル・フラッシュじゃねぇか! イカサマか?」
「いやいや、イカサマとは限らんが。それに、其処のごつい兄さんはワシがズルせんように体を散々確認したんじゃ。それでも難癖つけゆう」
「そうかい、それはいけねぇな」
「凄いな兄ちゃん! 俺にも運を分けてくれよ!」
今まで何関せず酒を飲んでいた地元の水夫たちが、騒ぎを聞きつけ絡んでくる。
イーギーと言えば飄々として恍け続け、べらべらと水夫に事のあらましを喋っている。それを聞いた酔った水夫達は奇跡の役を出したヒーローを褒め称え始める。
(ふざけるな! 畜生、やりやがったな!!)
イカサマが出来ない事を相手に確認させて、納得させる。それでカモが何も仕掛けてこなければそのままイカサマで勝てばいい。
相手が
更に「イカサマが出来ない」と証明されたイーギーは、酔った―たちの悪い―野次馬の味方をつけた。
(どんな手を使った。いい加減なチェックはしてねぇ。ゲーム中も部下共が見ていたし、変な動きもなかった。カードは何処から出した。何より片手しか使ってねぇ。
まさか、"魔法"か? 呪文は聞こえなかったが――)
粗探しを続けても仕方がない。
ここでディーラーのイカサマを認めれば、イーギーの悪巧もバラす事が出来る。
しかし、一番最初にイーギーのイカサマの仕掛けを見抜こうとして見抜けなかった事、イカサマをしたにも関わらず負けた事も認めることになる。
間抜けをさらすことになる。
怪しいと思った所までは良かった。
しかし、イーギーが持ちかけた"お遊び"を受けた時点で負けていたのだ。正々堂々のゲームではなく、イカサマゲームとして。
酔っていたとはいえ、調子に乗っていたのは自分だったらしい。
「じゃあ、この箱は貰って行くねゃ。そのカードはあげるよ」
立ち上がったまま、レジナルドはイーギーを睨んでいた。
が、状況を把握して負けを認めたのを感じ取ったのだろう。イーギーは金貨の入った巾着を仕舞い、賭けの品である箱を掴んで席を後にしていった。
「お姉ちゃん、これお代」
「えっ……これ、金貨!? こんなに……」
「余ったら欲しい服でも買うたら良い」
さっき賭けに出していた金貨を3枚、あっさり女店員に渡して。
水夫達も奇跡の役を見て一時的に欲求を満たされたのか、ご機嫌なまま各自の円卓へ戻り始める。
――たった数十分での出来事だ。
レジナルドは「だはぁ」と大きくため息を吐き、重い体を椅子に落とした。
「クッソが」
「すいませんレジーさん!! 守りに入り過ぎた俺の責任だ!!」
「いいや、あの野郎を招いてカモにされた俺の問題だ。オメェの腕はいつも完璧だった」
「良いんですか、あのハデネズミ。イカサマした事は間違いねぇですよ。後をつけて闇討ちしましょう。騙されて黙ってんのは酷ってもんですよ!」
「許したわけじゃねぇ。ただあの変人にはもう関わんな。それにあのボロ箱は――」
クルー達が苦言を吐きながら拳を打ち合わせる。
一番悔しいのはレジナルドだろうが、船長を小馬鹿にされたとあっては黙っていられない。
せめてイーギーが帰っていく方向を確認しようと、クルー達が後を追おうとした時だ。
その前に、去った筈のハデネズミ……イーギーが開けっ放しの店の扉からひょっこりと顔を出したのだ。
思わずクルー達は目を見張る。
戻ってきたイーギーはニヤニヤと笑いながら扉から上半身を覗かせ、左手のひらを裏・表とひらひら動かしてみせる。
何も無かった左手にすっと現れたのはトランプの束。
柄はさっきゲームで使ったトランプと同じだが、そのトランプは円卓にある。
そして、左手にあったトランプは風が吹いたかのように空へ舞い上がり――イーギーは今までで一番口を吊り上げ、ニィと笑って言った。
「バーーカ」
一瞬何をされたのか分からず、レジナルドもクルーも、客までが真顔になった。
イーギーの姿は既にない。「わははははは」と笑う声が遠ざかっていくだけだ。
「……――糞ネズミがぁああああああああ!!」
酒が乗った円卓を投げ倒し、牙を剥き出しにレジナルドは吼えた。
酔いは疾うにさめた。
バラ撒かれたトランプを拾おうとしていた客すら蹴飛ばし、イーギーを追って店を飛び出す。
明らかな挑発、あからさまな罵倒。
見抜けなかった事? イカサマで負けた? 何を言っているんだ?
この"風雪"のレジナルド相手にイカサマを仕掛け大馬鹿にした。それだけで万死に値する。
「船長に続け!! ネズミはぶっ殺してフカの餌だ!!」
わざわざ止めを指しに来た行為に、闘争心を煽られ激怒したクルー達も轟を上げ船長に続いた。
「な、何だあいつ等は!」
「おい見ろこのカード。エースにキングにクイーンばっかり……あのピンク頭イカサマ師だ!」
「何だとぉ! つまり俺達も馬鹿にされたってことじゃないか。こうしちゃいらんねぇ!」
「というか、あいつ等海賊だったんじゃねぇか?」
「そうだ! 海賊は水夫の敵! 捕まえろ!」
イーギーの煽りとレジナルド達に感化された客の水夫達までも、「うぉおおおお!」と雄叫びを上げて同じく店を飛び出す。
完全に酔った男達は勢いだけで、手が付けられない。
椅子は倒れグラスは割れ、店内はあっという間に空っぽになってしまった。
残されたのは勢いに付いていけなかった一般客と、女店員だけだ。
「ちょっと……ちょっと! アンタ等お代を払え!!」
金を払わず出て行った客達に女は拳を上げて声を張り上げる。
その手には金貨がしっかり3枚握りしめられていた。
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