イーギー編2 Luky crook
エドワード暦742年、アグリゲート。
100を超える島々が散在する世界の呼称である。
そして、此処に住まう人種をリヴリーという。
生きるリヴリー達の殆どは海に出る。
この世界には陸続きの大陸というものが殆ど無く、海に囲われた島国が多く存在している。文化や気候の特徴も島それぞれの固有さを持つ。
海と陸の割合は8:2と言われ、その土地でしか取れない資源や特産等を輸出・輸入する為に船での貿易が盛んだ。
同時、限られた土地を巡り、島国の間で戦争も絶え間なかった。
そうして力の元戦争を起こし連邦となる島々もあれば、権威の元同盟を組み巨大な国家を成す島々もある。
更に、盛んなのが海賊業である。
嵐で転覆した宝物船や旅客船のお宝を求めて一攫千金を狙う者と、漁船や貿易船の積荷を狙って略奪や殺人を行う組織。特に後者が問題だ。
最近では悪戯に海賊を名乗る船が多く出現し、国は頭を抱えていた。
「おいおい、こっからすぐ近くの海で"赤棘海賊団"が捕まったらしいぞ」
「丁度海軍が奴らを連行してんの、港から見たでぇ!」
「よかった、これで亭主も安心して海に出られる。海軍もやっと仕事をしてくれたのね」
「いやっ、それがさ。人伝いに聞いたんだけど、海軍が見つけた時にはもう船は沈んでて、船員はボートの上で簀巻きになってたそうよ!」
「何だそりゃ!」
ワンダーポートは威勢と噂と情報の喧騒で一日中騒がしい。
アグリゲートは数ある島を区別するため、島の象徴となるものを一つ目印としている。
この島は浮草。至る所に浮草のマークがついた看板がぶら下がっていた。
島一つが港町として稼働しているワンダーポートは船乗りたちの憩いの島。
島に立ち寄る種族も様々で、毛色の違うピグミー血種にクロメ血種にラヴォクス血種……
長旅に疲れた疲れた旅人や、腹を空かせた漁師の為に、宿場や酒場多く軒を連ねている。夜には威勢のいい店主が客を呼び、酒飲みたちの溜り場になる。
いい店の見つけ方は、勘を頼りにいい匂いのする場所へ身を流す。それだけ。
勿論、この島を利用するのは旅人や漁師だけではない。
酒瓶を片手に談笑する輩の間をすり抜けて、マントを羽織った長髪の男は当ての店を探して歩く。
この男は、地図に書いてある宝を探すより、知らない街の酒場を見つける方が得意だった。
「今お尻触ったの誰!?」
「おっと、ごめんやー」
外套が灯る港町の路地裏。外からでも分かる賑やかな気配に扉を開ければ、蒸し暑い熱気が身体を押し包む。
店内には8つの円卓が並べられ、どれにも屈強な男たちが椅子を囲んで座り、酒をあおっては大声で談笑していた。
「ちょっと! ……アンタよく見ると色男だわね。どっから来たの? この辺の人じゃないね」
「おまんさんこそ、ワシの故郷じゃー見ないくらいのの美女じゃねぇ。どうじゃ、店が終わった後坂の上の灯台で……」
「お客さん一人ね。悪いけど相席でいいかい? 適当に座って」
「あー、そのつもりじゃきー」
女性の捕まえ方は中々に難しい。特に酒場の女は男客の扱いが上手いのだ。
一発目にしてあっさり交わされてしまったイーギーはしょんぼりとパキケの女店員の背を眺めたまま、空いた椅子を探し始める。
相席なら何席かあったが、イーギーが目を付けたのは空いていない円卓の席だった。
この店の常連だろう水夫達に負けず劣らずの屈強な男達が、仲間と共に料理と酒を飲んでいる。
体格は太いのから小さいのまで、頭にバンダナを巻いた水夫の様な男共。そして、黒いオーバーコートを着たまま座っている、顎髭の生えた大男。
海賊だ。
陸に上がって他の船乗りと混ざると分かり辛いのだが、長年海賊をしていれば雰囲気ですぐわかる。彼等はかなり分かりやすい風貌をしている方だが。
一般人がその輪に加わろうとするのはかなり引ける。そこしか席が無ければ、諦めて店を後にする。
だがイーギーは気にしなかった。むしろ、その男を見つける企む笑みを浮かべた。
顎を撫でつつ、客席の間を通って真っ直ぐ奥の席へ歩み寄る。
此処は酒場だが、今夜の目的は酒ではなかった。
「其処のがっしりしたおまんさん、ちくっと賭け事で遊ばんか」
するりと男たちを間を縫い、イーギーは円卓に左手を付いて覗き込むように声をかけた。突然の乱入者に、さっきまで騒がしくしていた海賊たちが一斉に此方を向く。
近くなるほどにアルコール臭さは濃くなる。
顔を覗いてみた船長らしき男は、自分よりはるかに巨体。
短くて硬そうな髪と、一応の手入れはしている顎髭は白。頭から映えた猫の様な耳と赤い目、コートの裾から見える縞模様の長い尾。特徴からビャッコ血種と分かる。
声と視線に気づいたビャッコの男は、眉を上げてイーギーを見ていた。が、「何だこの変態」と言いたげな目で見下ろし、目を逸らしてまた談笑を始めた。
……釣れない。
餌がついていないのだから無視されるのも当たり前だが、海賊と言うのは皆こうだ。
「……あっ、レジーさん! こいつの腕、き、金で出来てやがっ」
途端、マントから覗いたイーギーの義手をみた船員が騒ぎ始めた。が、声が大きくなる前にイーギーが口を塞いだ。
"金"の響きを他の客が耳にするかもしれなかったが、自分たち自慢話や愚痴に夢中で、此方の騒を気にも留めていないようだった。
「残念じゃがこいつぁ金じゃなない。鉄は使っちゅうが。持ってみるかい? 案外軽い」
「……オメェ、貴族じゃねぇな。何だ、どこの男色家かと思ったぜ」
ゲラゲラと船員たちが笑う。同じくゲラゲラと一緒に笑ったイーギーはそれを機に、口を塞いだ男の椅子を取り上げて輪に加わった。
そして、注文を取りに来た女店員にビールを二つ頼む。相席相手に酒を一杯おごるのが船乗りの礼儀。海賊なら尚更だ。
「で、賭けって何だ」
「んぁ、ああ! そうじゃったそうじゃった、いやぁ、実は今日は懐がぬくくてのぉ! ちくっと遊びたくなったんじゃ」
机を叩いてご機嫌なイーギーは、懐から懐から巾着を取り出すと円卓上に置いた。
「こっちは、本物ぜよ」
したり顔で紐を解いて中を見せれば、巾着の中にはたっぷりの金のコイン。傷は少なく、店のオレンジランタンの光に反射し黄金色に輝いている。
コインに描かれたチューリップの文様は、アグリゲート政府が発行した印だ。
脇で見ていたクルーたちはその輝きに口笛を吹き、ある者は「おお!」と身を乗り出した。
「随分景気がいいようだな。そんな大金を、この悪党顔揃いの一行に見せびらかしてオメェさんは何を求めてんだ?」
「なに、ぴっと興味を惹くもんが無いかと思うて。銀行から出した金に興味はない。海を気ままに渉るおまんさんなら、珍しいもんを持っちょると思ってのぉ」
「……そうだなぁ、分かってんじゃねェか」
餌を付けた途端食いつきは良くなるものだ。
口ではまだ探りを入れているようだが、酒が回っていることもあってか幾分か乗り気になっているらしい。ビャッコの男は円卓に腕をついて前のめりだ。
それを確認し、イーギーは心中で笑った。これは、一発目から当たりの予感だ。
イーギーの勘は昔からよく当たった。
まだ見ぬ島と、聞いた事もない夢物語が存在するアグリゲート。文字通り毛色の違う島人が集まる港には、必ず珍品を持ち込む者がいる。
イーギーが求めている物もまさにソレで、この海賊たちが持っているのではないかと踏んだ。ただの現金にさほど関心は無い。
大事なのは現金以上の付加価値、手に入れるまでの工程だ。
「例のあれ、持ってこい」
ビャッコの男が指先を動かしてクルーを呼び付ける。
首にスカーフを巻いた小柄な男が、掌に乗るほどの小さな木箱を持ってくる。
それは本当に古ぼけた木箱。イーギーの持っている金貨に比べれば月とスッポン以下と言えるほどのゴミ同然の代物だった。
箱の周りには、サンゴや貝のような白い欠片がこびりついている。長い間海の中にあった証拠で、骨董品には違いない。
ビャッコの男が箱を振ると、硬いような軽いような音がした。
「すぐに出てきたってことは……おまんさん、実は他の奴等に見せびらかしたくて仕方なかったがやか? そいつの中身は?」
「中身は買ってからだ。因みにちゃんと鍵もある。冒険心が滾るオメェさんのギャンブラー魂に賭けてみな」
「ふぅーーーん」
自信満々にビャッコの男は語っているが、中身を含めた箱の価値は未知数。
その後、入手ルートを聴き出そうとしたが話をすり替えるばかりでどうにも腑に落ちない。
しかし、中身を見ればわかる事。
自分の勘は昔からよく当たるのだ。
「ほいだら、中身を拝ませてもらうことにしようかのぉ」
金貨を出した別の懐からとりだしたのは赤い市松柄のトランプ束。
悪戯に笑った顔が、飢えた野郎共たちの欲を掻き立てた。
「金貨と箱を賭けて勝負じゃ。方法はシンプルにポーカーで、真剣勝負といこうかのぉ」
イーギー・D・サンバード、薔薇色のトビネ血種。
職業海賊。
好きなものは女と酒とギャンブルと。
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