「・・・おい」
「駄目」
うずく体に耐え切れず、とりあえずこの静寂だけはどうにかしようと声をかける。
だかそれも途中で遮られてまたコンマの間。
「・・・かお」
「駄目ったらダーメ」
「・・・まだ何も言ってないだろうが」
人の話は最後まで聞けと教えられたはずだろう、この英才教育。
そう腑に落ちない視線をおくると、目の前の従兄弟は案の定「何?」という顔を返してきた。
そして一つ、嘉神はわざとらしく溜息をつく。
「何故お前がここにいるんだ」
「しょうがないだろ?蝦夷先生が買い出しに行ってる間、俺が嘉神の見張り役なんだから」
「あの万年ヤブ医者の言葉を信用するな」
薫のいった”蝦夷先生”とは嘉神の主治医。
といっても、先生と呼ぶのは周りで薫くらいしかいないという怪しい人物である。
今日は外用事の為、従兄弟である薫に任せ留守にしている。
「うちの我が儘ぼっちゃんをよろしく!」の一言を残して。
せいぜいあれだろう。
言うことを聞かない自覚がある自分に対して、もっともやり難い相手にそれを任せるという嫌がらせだ。
やってくれたな、所詮専属医だからと調子にのりおって。
「トイレに行く振りして逃げるのは無しだよ嘉神ぃ」
「誰がそんな餓鬼じみた真似をするか!!」
そんな恨みの表情が表に出ていたのか、にやにやと気色悪い笑みを向けてくる従兄弟、もとい薫。
流石にすぐばれるような事はしない。
そこまで馬鹿ではないと嘉神自身でも分かっていたが、その代わり図星を点かれそうになった為やつ当たる方向をベッドの布団に向ける。
舞い上がるホコリにイラつきながら、舌を打って腕を組む。
「・・・薫、そこの机の本とってくれ。只でさえ監禁監視状態の上に超絶暇だ」
「微熱あるのに大丈夫なの?」
「構わん、よこせ」
生まれつき病弱な嘉神にとって微熱はあって無い物も同然。
週一で風邪を引いていれば、不思議とそれもなれてしまったらしい。
あなどれない17年。
そして薫がベッドに備え付けてある机の上の本を取って手渡し、愛想悪く受け取った。
確か読みかけの本。赤い紐が挟まっているページを探し当て、開いて読書体制に入る。
これで集中してしまえば、隣の人間も気にならないだろうという安易な考えだった。
「・・・ねぇ嘉神」
「何だ」
「本、反対」
・・・失態。
なるべくポーカーフェイスを気取った嘉神は、黙って本を正しい向きに持ち替え、薫に向かい手を出す。
その意図が分かった薫は、机に置いてあった眼鏡をその手に乗せた。
そして、何事も無かったかのように眼鏡をかけて、嘉神は改めて本を読み始める。
横で薫が背を向けて、腹を抱えて噴出す口を必死に押さえているが、逆にそれは侮辱でしかない。
眼鏡をかけることでようやくその姿がはっきり見えて、その恥はまっすぐ本へ向けられた。
強く握りすぎてページに皺が寄っていた。
「本当にトイレに行きたかったなら行ってきなよ。あー、おかしい」
「お前それ同情にしか過ぎないぞ。つーか、言ったな、はっきり言ったな、おかしいって言ったな?」
「まぁまぁ、また血圧上がっても知らないぞー、っぷ!」
バーン!と分厚い本のページが閉ざされ、檄を飛ばす嘉神は薫に慣れた様子でたしなめられた。
そして耐えられなかった薫は、とうとう最後に噴出した。
顔も似ていないわけではない。むしろ似ている部類に入る。
お互い父親に似ているらしく、全然似ていないといえば性格と目つきくらいだろう。
大げさに言えば、つい最近まで、お互い会ったこともなかった親戚同士。
それがこうも昔から知っていたように振舞えるのは、やはり顔が似ている所為だからであろうか。
「もーいい!帰れ今すぐ帰れ!むしろ星に帰ってしまえ!!」
「うわ、酷いなぁもう!そんな怖い顔するから女の子に怖がられるんだよ!」
ぎゃあぎゃあとレベルの低い取っ組み合いまで始まり、療養するための部屋のはずがいつの間にかその役目を果たしていなかった。
あれ、何しに来たんだこいつ。まぁいいか。
そんな考えまで浮かび始めたが、瞬時に呆れに変わり忘却のかなたへ。
只思うのは、何故今まで離れていた人物がこうも近くにいるのかということ。
何故かいつの間にか隣にいた。
そんな考えも、いつの間にか当たり前のこととして、忘却のかなたへ。
「ぎゃー!嘉神が!嘉神が暴君と化したー!」
「人聞きの悪いことを言うな!そして明らかに棒読みだと気づけ馬鹿者めが!」
そして、いつのまにか陽は上がる。
大きな窓から差し込む太陽の日差しは、計ったように並べられた木の葉がそれを中和し、部屋一面に注がれていた。
そんなある日の昼を過ぎた日。
「ただいまー、大人しくしてたか良い子どもーっと・・・」
陽が下がり始めた午後の晴れた日。
もっとも気温があがる時間が過ぎた頃。
予想以上にしんとした部屋の扉を開けた蝦夷は、目に入った景色に言葉をとめて吐息を吐いた。
見下ろす下には、なんとも緊張感の無い姿。見渡せばところどころ暴れた後が見える。
が、すでに空気は緩く流れ始めていて、これ以上どうしようもない状態。
ただ今蝦夷がすべきことといえば、床に落ちているシーツを拾うことだけだろう。
「やれやれ、仲良しさんですこと」
苦笑いを浮かべながらそっと肩にかけるシーツは、高い陽に暖められて程よく暖かい。
ベッドの上に折り重なって寝息を立てる二つの顔は、実に安らかで。
実に幸せそうだったとさ。
大きな窓と木の下で
―――つまりそれは絶好の条件なわけでして
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超絶眠い深夜に書き上げましたとさ。